nyosanchi’s blog

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VCR GTA3閉幕 - ブランド経済圏化する日本の配信文化と視聴者の違和感

※以下に示す内容には、イチ視聴者がSNSやコミュニティで発信した批判的な見解が含まれ、必ずしも事実を正確に反映したものとは限らない点に留意が必要である。

【概要】

本稿では、VaultroomとCRが共同開催する「VCR」イベントをめぐり、視聴者コミュニティで噴出した批判的な声を取り上げる。元来、偶然の出会いや即興的なコラボレーションによる多彩な化学反応こそが魅力だった配信文化が、シナリオ化やブランドによる影響力拡大によって、いかに変質しつつあるのか。その背景や問題点、そこから浮かび上がる業界構造の転換を考察していく。

 

【VCRとは何か】

「VCR」は、Vaultroom(ファッションブランド)とCR(Crazy Raccoon:eスポーツ・ストリーマーチーム)の頭文字に由来する共同企画・イベント名称で、人気配信者やVTuberが共通のゲームサーバーでロールプレイや対戦を行う大型イベント群として知られている。もともとVCRは、個人配信者同士が偶発的な絡みや即興性を発揮できる「巨大な遊び場」というイメージで視聴者から支持を得てきた。

しかし、直近のVCRカスタムについて、事前シナリオや割り当てられた役割(ロール)が用意されるなど、企画運営側が強く介入する事例が増えたことに対し、一部視聴者・配信者から疑念や不満の声が上がっている。

 

【直近のVCRカスタム(GTA上の大型イベント)に関する批判的見解】

ある視聴者層からは以下のような批判的な声が提示されている。


1. 偶発性・即興性の喪失

本来、VCRの楽しさは、多数の配信者が自由なロールプレイを通じて偶然的な出会い・絡みを生み出す点にあったとされる。ところが今回は、VaultroomとCRが事前にシナリオやロールを組み込み、大手配信者(人気配信者)が優位に立つような設定が感じられたと批判する視聴者がいた。


2. ヒエラルキー的構造の明確化

一部の中小規模配信者は、ゲーム内で大手配信者をサポートする下層ロールを割り当てられ、「奴隷」のように扱われていたかのようなイメージを持たれた。あくまでゲーム上のロールプレイであるにも関わらず、この構造に不快感を示す視聴者が急増し、コミュニティ内では揶揄的な言説が拡散した。

3. 配信者間の反応と視点の違い

・一部配信者は、明示的には言及はないものの途中辞退するものも現れた。

・他方で、あえて「奴隷」的ロールに進んでジョブチェンジする大型配信者も現れ、ゲームとしてのユーモアや柔軟性を示そうとした。

・また、多くの配信者は「ゲーム内なので楽しんでいる」と強調しており、視点によって同じ状況も肯定的・受容的に捉えられうる。

一方で視聴者側は、実際のプレイヤー心理とは別に、見え方や外形的な構造に基づいて批判的言説を拡大させている。


4. 成長機会と影響力確保に関する指摘

中立的立場の配信者による分析では、「VCRカスタムのような大型イベントに呼ばれるには、Vaultroomに認知・評価されることが事実上の前提となり、招待されれば多くの視聴者獲得チャンスを得られる」という暗黙のルールが見え隠れするとの声がある。この分析が事実であるかは検証困難だが、視聴者や一部配信者の間では「結局、気に入られないと成長機会がない」といった不満が潜在的ルサンチマンとして拡がっている可能性がある。


【人気商売とブランド経済圏化の狭間で】

もともと配信業界は、人気を競う構造が前提であり、上位層と下位層の格差は不可避な宿命を帯びている。しかし、VCRイベントにおいてVaultroomやCRが事前に仕組まれたシナリオや優位不利のロールを設定すると、「人気商売の必然的格差」が「恣意的に固定化・強化される構図」へと拡大しやすくなる。

視聴者が抱く嫌悪感は、コンテンツの即興性や自由性、フラットな創造空間という理想が、ブランドや大手組織によって意図的に再編され、都合よく利用されていると映る点にある。

 

【バランスを模索する課題】

しかし、この批判的見解には留意点も必要だ。

イベント参加者である配信者自身は必ずしも不満ばかりでなく、ゲームとして楽しんでいる場合も多い。

大手配信者が優遇される構造が実際にどの程度シナリオで固定されているのかは不明瞭で、視聴者の感覚が先行している可能性がある。

「気に入られなければ成長機会がない」という声も、業界慣習や単純な人気依存構造の解釈が含まれ、断定できない部分が多い。

いずれにせよ、このような批判が生まれた背景には、配信文化が本質的に持つ「人気獲得ゲーム」という構図に、VaultroomやCRといったブランド・チームが介入し、コンテンツの即興性・多様性・平等感が損なわれているという視点がある。

 

【結論:変質する配信文化への問い】

人気商売としての宿命は変わらないが、VCRのようなブランド主導型イベントが成長機会のゲートキーパーとなり、シナリオを通じてヒエラルキーを明示化すると、視聴者の抱いていた「自由で創造的な文化圏」という理想から遠ざかってしまう。一方で、それを「新たな企画性」「大規模イベントの魅力」と肯定的に受け止める向きもある。

この状況は、配信文化が単なる偶発的交流空間ではなく、ブランド経済圏と人気プロデュースシステムに大きく傾きつつあることを示唆する。

最終的に、視聴者・配信者・ブランド・チームは、それぞれの立場からこの変化をどう評価し、どう対応するかが問われている。コミュニティ感や純粋な創作的衝動を求める声、ビジネス的な拡張と影響力強化を求める力のせめぎ合いが、今後の配信業界を形作っていくであろう。